武田信玄の幕府構想(相州・座間市)

2025-11-30

2025年11月27日(土)

 

戦国時代の武田信玄が、

1573年、野田城(愛知県新城市)の戦い後の会の帰宅路で病に倒れず

もし天下統一をはたした際は、本拠地を神奈川県・座間市に移して幕府を

開こうとしていた、という話があるのを皆さんはご存じであろうか? 

 

武田信玄公の言動や軍記を今に伝える江戸時代の軍学書「甲陽軍鑑」には、

「本境地を甲州から相州(神奈川)へ移し「ほしのや」座間市に

新鎌倉幕府を築こうとしていた」という話が記されています。 

 

本日は、駒沢大学名誉教授で、日本の歴史学者、久保田昌希氏をお招きし 

「再び、武田信玄『ほしのや新鎌倉』構想を考える~江戸時代に描かれた 

座間星谷の絵図を読む』と題して 

 

ほしのや(座間)の『新鎌倉』構想についての発表と 

座間市の歴史研究家とのパネルディスカッションが行われ  

座間の歴史の偉大なルーツについて素晴らしい講義が開催されました。